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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)175号 判決

理由

第一、始めに、被控訴人の、商法第二六六条の三の規定に基づく株式会社の代表取締役としての損害賠償責任について判断する。ところで、同条による責任の性質、したがつて同条の要件特に悪意または重大な過失がどの点に存することを要するか、損害はいわゆる直接責任に限るか間接責任に限るかまたはその双方を含むか等につき諸説が対立して帰一するところがない。この点につき、最高裁判所は昭和四四年一一月二六日大法廷の判決をもつて判断を示したが、これについては四裁判官の少数意見が付せられ、多数意見の見解もいまだ確立した統一見解となしがたいものがある。当裁判所は必ずしも多数意見をもつて是とするものではないが、本件においては、少数意見によるときは後に説示する事実関係から明らかなように、被控訴人に、控訴人に損害を与えるにつき悪意または重大な過失が存した事跡は認められず、したがつて、控訴人の請求はその余の判断を待たず失当たるに帰するから、以下にはもつぱら多数意見にしたがつて、被控訴人に損害賠償の責任があるかどうかを検討する。

一、会社と取締役とは委任の関係に立ち、取締役は会社に対して受任者として善良な管理者の注意義務を負い、また、忠実義務を負うものとされる。それ故、取締役がその義務を怠つて会社に損害を被らせたときはその取締役は会社に対してその損害を賠償する義務を負う。のみならず、株式会社が経済社会において重要な地位を占めていること、しかも株式会社の活動は取締役の職務執行に依存するものであることから、法は第三者保護の立場より、取締役において悪意又は重大な過失により前示義務に違反し、これによつて第三者に損害を被らせたときは、取締役の任務懈怠の行為と第三者の損害との間に相当因果関係がある限り、会社がこれによつて損害を被つた結果ひいて第三者に損害を生じた場合であると、直接第三者が損害を被つた場合であるとを問わず、当該取締役は直接第三者に対して損害賠償の責に任ずべきものとされる。以上が商法第二六六条の三第一項前段の法意である(前掲最高裁判所判決参照)。

二、被控訴人が訴外徹建設計株式会社(旧商号ホダカベンパ株式会社、以下訴外会社という)の代表取締役であることは当事者間に争いがないので、右の法意に照して、被控訴人が控訴人に対し控訴人において被つたと主張する損害の賠償義務を負うかどうかを検討する。まず、《証拠》を総合すると次の事実が認められる。

訴外会社は当時ニユーヨーク市にあるベンジヤミニ社、イスラエルにあるバズダイヤモンド社等の外国商社と取引のあるハーブスタイン株式会社の代表取締役として、ダイヤモンド、その原石等の輸入業を営んでいた湊正男、その同業者郡司敏磨らと、同人らのすすめによつてこれに参画した被控訴人とが企画し、昭和四〇年九月六日設立した、ダイヤモンド、パールその他宝石類の輸出入、販売等の営業を目的とし、払込資本金一、八〇〇万円の株式会社であるが、その実体は、湊の捻出した見せ金によつて設立手続をすませた、なんら資産のない会社で、被控訴人が代表取締役、湊が専務取締役、郡司敏磨が常務取締役、訴外窪川健一、同山本六輔が平取締役にそれぞれ就任したが、実際には、始めから休業に近い状態で、従業員として訴外中島綾子を雇入れて事務を担当させたものの、仕事らしい仕事もなかつた。もともと、訴外会社の設立は、ハーブスタイン株式会社が信用がなく、倒産間近の状態であつたので、湊が被控訴人を参加せしめ、その信用とその所有にかかる新宿区四谷三丁目五番地所在のホダカビルの事務所を利用して共同事業を営むこととしたものであつた関係から、いきおい、取引の実務は、湊、郡司敏磨らにおいて担当することになつた。

その頃湊はハーブスタイン株式会社名義でバズダイヤモンド社と同社から約二万ドル相当のダイヤモンド原石を買入れる旨の契約を締結し、右原石が輸入されて三井銀行木挽町支店に保管されていたが、湊は被控訴人の了解を得た上でバズダイヤモンド社に交渉して右ダイヤモンド原石の受取人を訴外会社に変更する同意を取りつけ、同社をしてその手続をとらしめた。しかるに、湊が勝手に右ダイヤモンド原石を処分しようとしたため被控訴人との間に紛議を生じたが、結局、被控訴人も湊、郡司敏磨らの意見に従つて、これを控訴人に売渡すことになり控訴人と売買契約を締結した。そして、昭和四〇年一〇月六日、控訴人は湊、郡司敏磨らとともに三井銀行木挽町支店に赴き代金を支払つてダイヤモンド原石を引取り、これを携えて一同訴外会社の事務所に赴いた。

ところが、その際、被控訴人が直接関与したかどうかの点は暫くおき、訴外会社と控訴人との間に、控訴人において右ダイヤモンド原石中の半分を訴外会社に売渡す旨の契約が締結され、事務員中島綾子が訴外会社代表取締役たる被控訴人のゴム印、代表取締役印等を使用して訴外会社名義の金額八六万八、五三〇円、満期同月一五日、振出地、支払地とも東京都新宿区、支払場所富士銀行四谷支店、金額一五三万一、八〇二円、満期同月一六日、その他の記載事項右同一、金額八九万七、〇〇五円、満期同月一七日、その他の記載事項前同一の、受取人欄を白地とした約束手形計三通を作成して控訴人に交付し、控訴人からダイヤモンド原石の半分が引渡された。そして、その後間もなく右ダイヤモンド原石は湊、郡司敏磨らによつて他に売却処分されたが、右三通の約束手形は満期に不渡となり、その書替手形も不渡となつた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかるところ、控訴人は、前記ダイヤモンド原石半分の売買は被控訴人が訴外会社の代表者として直接控訴人と契約したものであり、また、約束手形の振出も、被控訴人がなしたものであると主張し、原審における証人湊正男の証言及び控訴本人尋問の結果中には、控訴人の右主張事実にそう趣旨とも解される供述部分があるけれども、右各供述部分は前段認定の資料に対比してにわかに採用できない。却つて、《証拠》を総合すれば、控訴人らがダイヤモンド原石を三井銀行木挽町支店から受取つて訴外会社事務所に赴いた際、湊は被控訴人に対してそのうちの半分を訴外会社において買取るべきことを提案、進言し、郡司敏磨らをも加え控訴人を退席せしめて重役会議を開き協議したが、被控訴人が強硬に反対したため湊の意見はとおらなかつたこと、しかるに、湊は控訴人に対し右の事実を秘し、訴外会社においてダイヤモンド原石の半分を買取ることになつたと告げて同人との間に売買契約を締結し、過般の事情を知らない事務員中島綾子に命じて前掲三通の約束手形を作成せしめた上、右売買代金支払のためにこれを控訴人に交付してダイヤモンド原石半分を引渡さしめたこと、買取つたダイヤモンド原石は被控訴人不知の間に湊と郡司敏磨とが他に売却したが約束手形はいずれも満期に不渡りとなつたこと、後日ダイヤモンド原石の買取り、約束手形の振出等の事実を聞知した被控訴人は激怒して湊を責めたものの結局手形振出行為を追認し、その書替手形を控訴人宛に振出したが同手形もまた不渡りとなつたものであること、以上の事実が認められる。前掲湊正男の証言及び控訴本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は採用できず、他に右認定を覆えして控訴人主張事実を肯認せしめる資料はない。尤も、被控訴代理人は、原審における昭和四二年三月二三日の口頭弁論期日において、約束手形三通は被控訴人が振出した旨の控訴人の主張事実を認めたがその後右自白を撤回する旨主張しているところ、右自白が真実に反することは右認定事実に徴して明らかであるが自白にして真実に反することが明らかである以上、錯誤によつてなされたものと推認するのが相当であり、自白は有効に撤回されたものというべきである。なお、訴外会社が無資力であること前説示のとおりであるから、控訴人は同会社からダイヤモンド原石の売買代金又はその支払のために振出された三通の約束手形の支払を受けることができないことは明らかであり、また、前示の事情からダイヤモンド原石を回収することも不可能に属するものとみるべきである。従つて控訴人はダイヤモンド原石の価格すなわち右手形金額相当の損害を被つたものといわざるを得ない。

三、以上の次第で、控訴人は訴外会社の代表取締役たる被控訴人自身の不正行為ないし直接の任務懈怠行為によつて損害を被つたということはできないが、専務取締役たる湊の不正行為によつて損害を被つた事実は否めない。

よつておもうに、代表取締役は、対外的に会社を代表し、対内的に業務全般の執行を担当する職責を有する機関であるから、善良な管理者の注意をもつて会社のため忠実にその職務を執行し、ひろく会社業務の全般に亘つて意を用いるべきものである。されば、他の業務担当取締役や事務担当者のなす職務執行の監視を怠たりそれらの者の不正行為ないし任務懈怠を看過するに至るような場合には、自らもまた悪意又は重大な過失により任務を怠つたものと解せざるを得ない。しかしながら、他の業務担当取締役から職務執行に関して提案ないし進言を受けた場合に反対である旨の意見を明確に表示すれば、業務担当取締役としては代表取締役の意見に従つて職務を執行するのが一般であるから、代表取締役としては、当該業務担当取締役が代表取締役の意見に背いて職務を執行することが予想される状況にある場合その他特段の事情がない限り、業務執行取締役が代表取締役の意見に背き提案ないし進言の趣旨に則して職務を執行することを阻止する措置をとらなかつたとしてもこれを監視義務に関する任意懈怠に問擬するを得ないことはいうまでもない。そうだとすれば、被控訴人は湊からダイヤモンド原石の買取方の提案ないし進言を受けた際反対の意見を明確に表明したのであるから特段の事情の認めるべきもののない本件においては、被控訴人に業務の執行について任務懈怠ありというを得ないことは明らかである。

もつとも、被控訴人は湊の手形振出行為を追認して控訴人に対しその書替手形を振り出しながら、その書替手形をも不渡としたが、これは被控訴人が同僚取締役の専擅行為につき代表取締役として責任を感じ、これによる控訴人の損害を会社として填補しようとして果さなかつただけのことであつて控訴人の損害は被控訴人による右の追認前の損害にほかならず、被控訴人に右の損害につき責任がない以上、追認、ひいて書替手形の不渡による損害についてもその責はない。

従つて、この点に関する控訴人の主張は排斥を免れない。

第二、次に被控訴人の、民法第七〇九条の規定に基づく不法行為上の損害賠償責任について判断する。

被控訴人が控訴人主張のダイヤモンド原石の売買及び約束手形の振出につき直接関与した事実が認められないことは前説示のとおりであり、さきにみたように、この点に関して被控訴人はダイヤモンド原石の買取りに反対である旨の意見を明確に表明したにも拘らず、湊が被控訴人の意見に背いて控訴人とダイヤモンド原石の売買契約を締結し、情を知らない中島綾子に約束手形を作成せしめて控訴人に交付し、右ダイヤモンド原石を引渡さしめて郡司敏磨とともにこれを他に売却したのであるから、訴外会社の責任は兎も角被控訴人個人に対して、単独は勿論、共同不法行為上の責任もこれを問うことはできない。従つて、この点に関する控訴人の主張も排斥を免れない。

第三、以上の次第であるから、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当である。よつて本件控訴を棄却

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